1990/04 駒場東邦中・高等学校に入学。吹奏楽部に入部し、クラリネットを始める。
 最初はホルンをやるつもりであったが、結局クラリネットに落ち着く。 理由は、「ケースが小さく持ち運びが簡単そうだから。」だった。
1991/04 クラリネットを買ってもらう。
 Buffet CramponのE-13を親に買ってもらった。 当時、赤坂にあったクランポン本社まで行って購入。
   /10 バスクラ担当になる。
 バスクラは、代々1年間交代で担当していた。 クラリネットには同期がもう一人いたが、輝庵が任命された。
1992/09 初めて普門館で演奏する。
 全日本吹奏楽コンクール予選 東京都大会にB組特別演奏校として駒場東邦中・高等学校が初出場。 この日は、学校の文化祭での演奏との1日2ステージという、ハードスケジュールだった。
   /10 クラリネットに戻る。
1993/03 ベースを購入。
 元T-SQUAREの須藤満の影響で、ジャズベース・タイプ(Squier)を渋谷のヤマハで購入。 「左手の運指を鍛えられるかも」という思惑でベースを始めてみのだが、効果はなかったと思う。
   /10 吹奏楽部部長に就任。
 同時に、Ebクラを持ち替えで担当するようになる。しかし、本番では一度も使わなかった。
1994/09 吹奏楽部を引退。
 普門館で行われた全日本吹奏楽コンクール予選 東京都大会にB組特別演奏校として駒場東邦中・高等学校が2度目の出場。 このステージを最後に、吹奏楽部を引退。そして、そのまま駒場東邦中・高等学校を中退する。
1995/04 県立神奈川総合高校に入学し、軽音楽部に入部。
 「また、吹奏楽をやろうか」とも考えたのだが、「バンドもやってみたい」との思いから軽音楽部に入部。 もちろん、担当はベース。
   /11 初ライブ。
 翔鴎祭(神奈川総合高校文化祭)での軽音楽部のライブに出演。 KOMA CHANz(ミスチルの「CROSS ROAD」を演奏)、モスモス(竹内まりやの「もう一度」を演奏)の2バンドに参加。
1996/01 5弦ベース購入。
 2本目のベースとして、Bass Collectionのジャズベース・タイプの5弦 JZ-05を購入。 弾きやすく使い道の広い1本で、今でもメインで使用している。
   /10 翔欧祭で行われた軽音楽部のライブに出演。
 Deacons(QUEENのコピーバンド)、ドリカモ(ドリカムのコピーバンド)、hide-O(hideのコピーバンド)、unit“Laputa”(「TAKE FIVE」「上を向いて歩こう」「OVER THE RAINBOW」を演奏)の4バンドに参加。 ちなみにunit“Laputa”はクラリネットとギターのユニットで、クラリネットを担当した。
1997/01 ATKを購入。
 3本目のベースとしてIbanezeATKの5弦を購入。 図太い音が欲しいときには、こっちを使うかな。 ちなみに購入したのは、神奈川大学の入学試験を受験したその日。
   /03 軽音楽部のライブに出演。
 hide-O、unit“Laputa”の2バンドに参加。 このライブを最後に軽音楽部を引退し、浪人生活に入ったため音楽活動を休止した。
1998/03 音楽活動再開。
 再開後最初の活動は、hide-Oのライブだった。 神奈川総合高校軽音楽部のライブにゲスト扱いで参加した。
   /04 麻布大学に入学。 吹奏楽部に入部し、再びクラリネットを始める。
 本当はバスクラをやりたかったのだが、部に楽器がなかったのでクラリネットで入部。 この頃から「バスクラが欲しいな」と、思い始めた。
i CLUB24に出演。
 関内のライブハウスCLUB24に出演。 メンバーの一人がアメリカに留学するため、このライブを最後に活動を休止した。
1999/01 学生指揮者に就任。
 吹奏楽部の指揮者に就任してしまった。 同期のすすめもあり、半ば成り行きで就任。
   /04 ギター購入。
 YAMAHAのPacifica PAC-311MS(テレキャスター・タイプ)を購入。
   /05 2度目のCLUB24出演。
 ライブハウスから声がかかったので、hide-Oを復活させて出演した。 留学中のメンバーが、夏休みで帰国していたため実現。 4〜5回しか練習出来なかったうえに、メンバーに風邪が流行となかなか厳しかった。
 「Rocket Dive」「Pink Spider」「ever free」「Dice」「Fish Scratch Fever」「Beauty&Stupid」を演奏した。
 hide-Oはこのライブのみの復活で、今も活動休止中。そして、復活の兆しはない。
   /08 バスクラ購入。
 9ヶ月のバイトの給料をつぎ込んで、念願のバスクラを購入。 しかも、Low-C(YAMAHA YCL-622II)。 大きいのが難点だけど、それを補うだけの利点があるから苦にならない。
   /11 麻布大学大学祭でライブ。
 吹奏楽部の仲間とJAZZやり隊、ROCKし隊を結成して出演。 本当は野外ステージのはずだったが、悪天候のため大教室での演奏だった。
2000/01 ホルンに転向。
 突然表明したので、みんなは信じなかったらしい。 しかし、自分の中では考えていたことで、突然のことではなかった。
 「金管をやってみたら、別の音楽の捉え方を身に付けられるのでは」と、考えたのが主な理由。
   /02 テナーサックスを購入。
 インターネットのオークションで、\31,500-で購入。旧東ドイツ製の楽器で、メーカーはよくわからず。 管体のデザインも、現在主流となっているSELMERとは違うので、きっちり収まるケースが見付からない。
   /03 THE WASH加入。
 久々にバンドをやりたくなり、インターネットでさがした。 自分が一番年下という珍しいシチュエーションも楽しくて加入を決意。
   /04 青陵ウインドオーケストラ入団。
 麻布大学と合同演奏をしたのが縁で入団。担当はバスクラ。
   /05 エレアコ・ベース購入。
 MORRISのMRB-601を購入。 これは、ほとんど衝動買い。 あまり弾く機会がなく、まだ楽器が鳴らない。 ライブで使えるようになるのは、まだ先かな。
   /10 ホルン購入。
 面白さが高じて、YAMAHAのCustom YHR-87Dを購入。 資金は、親からの借金。 いつになったら返済出来るんでしょう。
   /11 アルトクラ担当に。
 青陵でアルトクラ担当になる。とりあえず、2001年のコンクールまでの予定。
   /12 学生指揮者引退。
 麻布大学吹奏楽部第21回定期演奏会をもって、2年間の任期を終えた。 いろいろと疲れる2年間だったけど、すごく充実した2年間だったと思う。 そして、自分の音楽に自信を持てるようになった2年間だった。 同時に新たな課題も見えてきた。
2001/01 THE WASH初ライブ。
 会場は高円寺のライブハウスRitz。 前日は雪のため練習に行けず、やり残したしたことがあるまま当日を迎えた。 いざ始まってみると、とても楽しくてそんなことは忘れたけど。
   /06 CLUB251に出演。
 THE WASHが,下北沢への進出を図りCLUB251に出演した。 本番が昼間だったこともあって,結構やりづらかった。 結果は,ライブハウスのカラーに合わなかったため,進出は先送りに。
   /08 青陵ウインドオーケストラ,初の金賞&県代表。
 第50回神奈川県吹奏楽コンクールで,初の金賞を受賞した。 さらに県代表にも選ばれ,東関東大会に進出することになった。 このため,コンクール後からの予定だった休団が先送りに。
     西浜吹奏楽団第4回定期演奏会に出演。
 エキストラとして出演した。 ちなみに,半年振りにBbクラでの本番だった。 練習場に冷房がなく,非常に暑かった。 そして,本番では異常な汗のかき方をした。
   /09 青陵ウインドオーケストラ,初の演奏旅行。
 足利で行われた第7回東関東吹奏楽コンクールに出場するため,1泊2日の日程の演奏旅行となった。 宿泊先は日光のホテル春茂登。 ちなみに結果は,12団体中最下位の銅賞。
   /10 新八王子ウィンドオーケストラ秋のコンサートに出演。
 このコンサートのみの参加の期間団員として出演。 ホルンでの出演だったが,自分を入れて5人いたので充実したホルンパートだった。 何故か練習の日は雨が多かった。 そして,本番当日も雨。
   /11 CRESCENDOに出演。
 THE WASHが,吉祥寺のCRESCENDOに出演した。 メンバー交代後,2回目のライブであり,まとまりも出てきた。 プロモーターの方の評価もよく,成功に終わった。
   /12 麻布大学吹奏楽部を引退。
 21日に行われた第22回定期演奏会をもって引退した。 指揮者もやったしホルンも始めたし,音楽的に成長することができた4年間だった。 音楽面以外でも,同期を初めとする素晴らしい仲間にも出会えた。 悔しいことや失敗もあったけど,ためになったし楽しい4年間だった。
2002/01 LaMaMaに出演。
 THE WASHが,渋谷のLaMaMaに出演した。 新年最初のライブであったが,昼の本番ということもあってお客さんが少なかった。 バンドのレベルが確実に上がっていることを実感したライブだった。
   /04 THE WASHから脱退。
 理由は「音楽性の一致」と「吹奏楽に専念するため」。(「気まぐれ日記」参照) 在籍期間2年で8回のライブに出演した。
   /08 青陵ウインドオーケストラ,2年連続金賞&県代表。
 第51回神奈川県吹奏楽コンクールで,2年連続金賞を受賞した。 さらに県代表にも選ばれ,東関東大会に進出。
   /09 青陵ウインドオーケストラ,2年連続最下位。
 水戸で行われた第8回東関東吹奏楽コンクールに出場。 昨年の反省から今年は宿泊しなかったが,やはり結果は最下位。
   /12 麻布大学吹奏楽部第23回定期演奏会に出演。
 OBとしてエキストラ出演した。 同期も何人か出てたし,とても楽しく演奏できた。
2003/06 Frontier Association of Sagamiharaに参加。
 FASは,「部活動および一般バンドとしての枠を越え,地域に根ざした吹奏楽活動を通じて社会教育に寄与する」ことを活動の柱としている団体。 主な活動としては,相模原の吹奏楽団による合同演奏会「夢の架け橋コンサート」の企画・運営,地域団体との合同練習の企画などがある。 このコンセプトに共感する部分があり,スタートメンバーとして参加している。
     新八王子ウィンドオーケストラ第7回定期演奏会に出演。
 今回は,友情出演。 メイン曲のガイーヌとアンコールのみの出演。 ちなみに前回はホルンだったけど,今回はバスクラ。
   /08 青陵ウインドオーケストラ,銀賞。
 第52回神奈川県吹奏楽コンクールで銀賞を受賞した。 練習時間があまりなかったとは言え,非常に悔しい演奏だった。 その反面,出られたことが嬉しかった一日だった。
   /11 BINKO☆BOX,麻布大学大学祭で野外ライブ。
 ようやく人数も揃って,本格的にビッグバンドの匂いがしてきた。 ライブの楽しさにメンバーが味をしめたため,年明けから月2ペースで活動していくことに。 BINKO☆BOXには,サックスで参加してる。
   /12 青陵ウインドオーケストラ,クリスマス・コンサートを開催。
 6月の定期演奏会が中止になったため,急遽やることに。 練習時間が少ないのに,曲は重かった。 そこが青陵らしい部分なんだけど,雑な部分もある演奏会だった。 ただ,コンクールのときからは明らかに進歩した。 個人的には演奏会副実行委員長を務めた。
     麻布大学吹奏楽部第24回定期演奏会に出演。
 今年も,OBとしてエキストラ出演した。 青陵の本番の翌日だったから,ちょっときつかった。 麻布はバンドの方向性が固まってきたから,この先が楽しみ。

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